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極私的プロレス観戦論

最後まで天山は友情を叫んだ

前回のG1出場権の譲渡ではファンの声を無視して強行の末、惨敗。大顰蹙を買い天山株は暴落。天山の往生際の悪い性格が災いした。

飯塚引退の報を受けていの一番に反応したのが友情タッグで売り出した矢先に梯子を気持ちいいまでに外された天山だった。矢野と真壁も裏切られているがここに首を突っ込めば事態は複雑化すると悟ったのか2人とも静観の構え。

裏切れと言った飯塚に真壁が裏切られさらに矢野が真壁を裏切り矢野も最後に飯塚に裏切られ今では矢野と真壁が組んでいる。

昨日の敵は今日の友どころの話レベルではない。

飯塚  天山   真壁  矢野  さらにBMWを破壊された菅林会長まで参加すればあの短い煽りVTRでは到底まとめきれない。一本の映画が撮れそうだ。

飯塚と浅からぬ因縁ならばみのる、村上が引退試合の相手でもおかしくない。

しかし飯塚はあくまでもリアルタイム、現在進行形の引退試合を選んだ。

 

飯塚の周りは謎が多すぎる。

天山を何度も助けていたことが謎。

急に天山を裏切ったことも謎。

野上アナを襲うのも謎。

引退原因も謎。

そんな謎だらけの飯塚に天山は持ち前の往生際の悪さをいかんなく発揮して立ち向かった。1人で答えを探すこととなった天山。

 

友情タッグ組もうやないか。もう一度。

 

最初これを聞いた時、小島の立場は?と心配になったのだがさすがテンコジだけあって小島も天山の行動を黙認。

天山も少し考えれば飯塚と鈴木みのるの絆の強さはわかるはずだがそれでも天山は愚直に進む。

飯塚はあれだけ短期間に2度も裏切ったのに鈴木軍では安定したポジションでヒールスタイルを満喫している。 

引退が決まったからと言ってもう一回組もうと言っても無理だと普通は思うのだが意外にもファンの声が天山を後押しする。

焦点はひとつ。引退試合で飯塚は挨拶するのか。

挨拶するためには元に戻らないといけない。

元に戻すにはどうすればいいのか。

そんな時に天山が友情を引っ張り出したものだから全国のプロレスファンが天山飯塚友情復活計画に乗っかった。

天山とプロレスファンの気持ちが重なった瞬間である。

天山が何度も呼びかけるが飯塚には梨の礫。毎回返り討ち。

飯塚のココロが等々力にあれば探しにいく。何十年も前の記事を見つける。

これにタイチが呼応して予想できないカオスな状態へ突入。

この天山の行動を後押しする煽りVTRもガンガン流れオカダに真壁が話さない飯塚に代わりインタビューで語り天山を好アシストする。

そんな周りの喧騒はどこ吹く風で引退する当の本人は全く変化なし。10年間変わることのない場外徘徊からの反則。ヒールとしての仕事をキッチリこなして帰る。本人よりもまわりが勝手に騒ぐ摩訶不思議な状況が作り出されていく。

天山の不可解な超常現象の報告でオカルト要素も加味されて異常な盛り上がるを見せる中試合当日を迎える。

 

試合も天山と飯塚がマッチアップする機会を多くするように他の4人が気を使う。

グループデートでなるべく思い寄せる子のために2人きりにしてあげようというシチュエーションを見ているようだった。

泣いているような顔で繰り出すモンゴリアンチョップ

いつもはシューシューと茶化す声も聞こえない。

こんなにも真剣にモンゴリアンチョップを応援したことはない。

みんな試合にのめり込んでいく。

全国のプロレスファンの代弁者になった天山。

その期待を一身に背負い友情Tシャツの上からムーンサルトを決める。

プロレス史に永遠に残るだろう名場面だ。

これで飯塚が元に戻る御膳立ては揃った。

ホールを揺らす大飯塚コール。顔をくしゃくしゃにして呼びかける天山。頭を抱え苦悩する飯塚。絶叫する野上アナ。オカダも応援する。

飯塚が右手を差し出して握手。

ホールの観客もワールドの視聴者も矢野もオカダも誰もが飯塚が正気を取り戻したと思った瞬間だった。

その後はご存知の通りアイアンフィンガーで天山はKO。

天山はまたしても天国から地獄へ突き落とされてしまった。

飯塚はいつものようにバックステージへ消えた。

その後も渇ききった時代に送る、まるで雨乞いの儀式のように、飯塚引退を惜しむ悲しげな飯塚コールがいつまでも後楽園ホールに響く。 いつまでも。いつまでも。

 

 天山がいなければここまで注目されなかっただろう。

等々力渓谷に探しに行くくだりはバカバカしくて鼻白んで見ていた。

キーワードの友情も昔のスポ根ドラマのようだ。

しかし天山の不器用な行動と真っ直ぐなコメントにだんだん天山ワールドに引き込まれていく。

当日の天山の表情を見た時、虚構の世界と現実の世界が入れかわった。

天山のプロレスキャリアでこれほど観客を完全に手のひらにのせたことはないだろう。天山の一挙手一投足に観客は前のめりになった。

演じている本人が途中から虚実の区別がつかなくなったとき人に感動を与える。

久しぶりにプロレスでしか表現できない試合を見せてもらった。

 

今回ほど天山の人の良さが出た試合はなかった。

天山の真面目さ正直さ。気持ちの暖かさ。

雄弁と無言。 

友情と裏切り。

見事なコントラストを描いた。

 

飯塚の引退試合は同時に天山の生涯通してのベストバウトにもなった。