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極私的プロレス観戦論

博多スターレーン 解体

西の後楽園ホール  聖地と呼ばれる博多スターレーン

解体が決まった。

名前の通りボーリング場だ。天井が低いのが印象的だった。

 

博多スターレーンと言えば自分の中では

後にも先にも1988年9月24日の博多スターレーンしかない。

長州顔面蹴りからプロレス道にもとり新日本解雇された前田が新生UWF

選ばれし恍惚と不安の中で5月に旗揚げ。

そしてその4カ月後がこの博多大会だ。

 

なんと言っても最大のインパクトを残した試合が

中野龍雄   対   内藤恒仁

内藤はマレンコ道場からの外敵としてリングに上がったものだから

対抗戦とか道場破りみたいな異様な雰囲気。

この大会のカードで唯一ピリピリと殺気だっていた。

 会場はUWFファン一色。内藤にしてみれば完全なアウェー。

中野に対する期待はマックス。

そこで出たのがエグいほどの角度で決めた逆片エビ固め。

内藤は木っ端微塵に粉砕されてしまう。

中野の代名詞シャチホコ固めの誕生だ。

会場は大爆発。

後楽園ホールとはまた違った凝縮された大歓声は忘れることはできない。

これが中野の出世試合だ。

この試合から中野は博多では無類の人気を博し博多男の異名を持つようになる。

 

そんな思い出深きスターレーンも新しい元号を待たずに解体される。

 

全ては兵どもが夢の跡。